1.旅の始まり

街道を外れた深い藪の中に、男が一人、立っている。
樵の身なりだが、どこか身のこなしに風格がある。
私が恐る恐る声を掛けると、男はゆっくりとだが隙のない仕草で振り返った。
眼つきが鋭い。
「若いの、なんだ。」
私は以前、村にやってきた放浪の騎士に教わった手振りを見せる。
慣れていないせいか、腕がもつれ、指が絡む。
男は私を、しばらく怪訝そうに見ていたが微かな苦笑いを浮かべて言った。
「もういい。こっちだ。」
男は森の中をゆっくりした足取りで降りてゆく。
どうした身のこなしなのか、私の歩き方では追いつけない。
ほとんど駆け足になりながら、やっとついていく。
男は切り立った岩の前で立ち止まる。
「心を、楽にしろ。」
息が上がってしまっている私に、男は言う。
(心を楽にだって?)
ふと、眩暈(めまい)のようなものが私を襲う。
こんな所で倒れるわけにはいかない、と身体を硬くし、歯を食いしばる。
男はイラついた口調で言う。
「俺はお前と遊んでる暇なんか、ないんだ!お前よりずっと見込みのある奴が
今にも来るかもしれんのだ!」
ポカンとしている私に、男は頭を振りながら近寄ってくる。
「安心しな。この道をお前がくぐる事は二度とないから。」
どこか済まなそうに、男が私の目の前に、立つ。
「ちょっと痛いが、お前が悪いんだ。」
身構える暇もなく、男の拳が鳩尾(みぞおち)を突く。
薄れる意識の中で、男の声を聞いた気がする。
「これからは高位の者の意見に従えよ、若いの。」

*****

ズキズキとした痛みで、眼が覚めた。
革靴が私の肩を揺する。
「珍しい奴が来たな。」
さっきの男の声ではない。
私は痛みを堪えて立ち上がる。
「テレポートは初めてか?若いの」
また、若いの、か。
「ここは騎士志願の者だけが集う村だ。物見遊山で来るところではないぞ。」
剃り上げた頭をした男が、言う。
私は騎士になるために旅をしてきたことを、捲(まく)し立てる。
私の言葉を制して、笑いながら剃り頭が言う。
「俺はお前みたいな、ヒヨッコを世話するためにいるのさ。ほら、ダガーを一本、やる。
お前が納得するまでここにいればいい。半人前でも生きていけるようになるか、諦めて
リメークするまで、な。」
リメークとはなにか、私は尋ねたが、剃り頭は
「まだお前には関係ない。」
とだけ答えて、突然現れた若者の方へ行ってしまった。
しかたなく私は村の中へ入っていった。

*****

周りは深い森だ。
幾棟もの小屋が見える。
騒がしい村だ。
どっちを向いても、カンカン物を叩く音がする。
見ると足元にキャンドルが何本も落ちている。
不思議に思って見ている。
と、通りすがりの軽鎧の騎士見習が、苦々しげに荷物袋からキャンドルを何本も捨てる。
疲労の色が濃い。
「どうして捨てるんです?」
思わず声を掛ける。
その時、初めて私に気がついた様子で軽鎧が振り返る。
「欲しければ拾っていいよ。いくらにもならないから」
「せっかく集めたんでしょ?」
「誰が、こんなものを!(怒)」
男はしばらくキャンドルを睨んでいたが、私を見つめなおして言った。
「新入りか」
私は今、ここに着たばかりであることを告げる。
「しばらくすれば、お前にも判るさ。だが、その前に修練所に行きな。初めての武器は
慣れるまでまともに役立ってくれたりしないからな。」
修練所とはなにか尋ねると、軽鎧は肩をすくめて村外れの方を指差し、どこかへ行ってしまった。
(物を粗末にすることはあるまい。)
その辺りに散らばっているキャンドルを残らず拾うと、私は村外れを目指して歩き出す。


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