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私の名は、ファルク=エンバーグ、と言う。
だが、宿屋に苗字はいらない、と親父がエンバーグを名乗らせなかった。
親父は昔、どこかの君主に仕える騎士だった。
モンスターの大群が城を襲った時、親父は最後まで君主のそばにいた。
玉間の隅に追い詰められた時、君主は追放ワンドを取り出した。
「王よ、今です!」
敵軍の司令官たる魔術師が近づいてきた時、親父は叫んだ。
司令官さえいなくなれば、なんとか君主が脱出する時間ぐらいは稼げる。
そう考えた。
しかし、君主は寂しげに微笑むと、ワンドを親父に向けた。
「な、なにをっ!」
何処ともなく飛ばされる親父の眼に残ったのは、ズタズタに切り裂かれる君主の姿だった。
そして
親父は騎士を捨てた。
小さな村に宿屋を開き、年を取ってからお袋と結婚した。
親父は旅の冒険者の話を聞くのが、好きだった。
そんな時は勘定を度外視して饗(もてな)すものだから、いつも家計は火の車だった。
時折、親父の昔馴染みの騎士やウィザードが立ち寄ることもあった。
思い出話や武勇伝の締めくくりはいつも、君主の暖かな人柄だった。
「父の名誉を守れよ、ファルク。」
酔った大人たちは、幼い私にいつもそう言った。
「宿屋の主に、守るべき名誉なんて、ないのさ。」
親父はエールのジョッキを持ち上げながら、答えていた。
「こいつは一直線の鉄砲玉だからな。騎士なんかになったら長生きはできんよ。」
「はは、親父にそっくりだ。」
年老いた元歴戦の勇者たちが笑った。
*****
ある時、村への街道に大蜘蛛が出没するようになった。
村は寂(さび)れた。
村の若い者が大蜘蛛退治に行こう、と私の家で話していた。
親父は止めた。だが聞く耳を持つものは、いなかった。
親父はため息をつくと、有り合わせの防具を身につけ、若者たちと出て行った。
戻ってきたのは、若者の一人が持ち帰った一枚の皮の盾だけだった。
守るべき名誉なんて、なかったはずなのに。
*****
数年が立ち、宿屋はお袋が切り盛りしていた。
貧乏は相変わらずだった。
お袋は私が冒険者たちと交わるのを好まなかった。
しかし、宿に泊まる路銀も持ち合わせていない冒険者たちに、私はエールのジョッキや
食べ物を厨房からくすねて渡した。
時にはそんな冒険者たちが剣技の手ほどきをしてくれた。
そんな晩は飯抜きだった。
私は家計の助けのため、村外れの老ドワーフの手伝いをするようになった。
薪拾いや水汲み、火の番が仕事だった。
何を聞いても
「うむ」
とか
「むぅ」
とかしか答えない老ドワーフが好きだった。
石くれや金くず、木切れから物を作り出す手さばきに心を奪われた。
ある日、隣村まで使いに出た私の留守に、村が襲われた。
オークの一団だった。
私の家も焼かれ、家族は行方知れずだ。
あの、皮の盾だけが残っていた。
「行くのか、ファル坊。」
無口な老ドワーフが珍しく口を開いた。
私は頷いた。
「世界を見るのもいいかもしれん。ついていってやりたいが、儂(わし)は歳だ。」
老ドワーフが髭と皺に埋もれた眼を赤らめて言った。
「ドワーフ族は変わってしまった。なぜかは知らん。人間を敵とするようになった。
ファル坊、今のドワーフ族に近づくな。」
老ドワーフは言葉を続けた。
「どこかにまだ、人間と手を取り合うドワーフがいるらしい。もし話のわかるドワーフに
出会えたら、ファル坊、伝えてくれ。ガズムは昔ながらに、ここにいる、と。」
老ドワーフの名を、私は初めて知った。
不意に背を向けたガズムに、私は深く頭を垂れた。
そして一枚の皮の盾を手に、遥かな渓谷を目指した。
*****
この渓谷には、オークがいる。
それだけで私には十分だった。
私は森に入っていった。
「お〜い、ファルク、聞こえているか〜。」
ファインダーさんの声がする。
私は半角@を外した。
森は、深い。
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