3.狩り
森を行く私の足元をウサギが跳ねて行く。
鹿が不思議そうな眼つきで私を眺めては、どこかへ駆けて行く。
何頭もの犬たちが近づいて来ては、離れてゆく。
深い藪の中に人の気配がする。
ふいに現れたゴブリンと、眼が合った。
ゴブリンは甲高い声を上げると、武器を振るって向かってきた。
私も夢中でダガーを使った。
幾度も切り結ぶうち、急に静かになった。
ゴブリンが足元に倒れていた。
私も傷だらけでその場にへたり込んだ。
結構しっかりした装備の騎士見習が藪から出てきて言った。
「お前さんの獲物だ。アデナを貰っときな。」
倒れたゴブリンを探ると幾枚かのアデナが出てきた。
なぜゴブリンが金貨なんか持っているのだろう。
「そんな事知らんよ。だが、もう奴さんには必要ないからな。貰ってやるのが供養って
もんだ。」
再び藪に消えようとした騎士見習が振り返って言った。
「防具や武器が手に入ることもあるが、アデナを貯めて自分の剣を買えよ。少なくとも
ダガーじゃ狩はつらいぞ。」
*****
その後、何頭かのゴブリンやコボルトと剣を交えた。
もう、身体が強張(こわば)って動かない。
私は村に戻った。
村に入ると何人もの騎士見習たちがそこここに立っている男に声を掛けている。
男のマッサージを受けては、また出かけていく。
私も声を掛けてみる。
「私たちはボランティアであなた方を癒しているのです。」
男は眼が見えないらしい。
「あなた方が分をわきまえず、無謀に倒れてゆくのが見ていられないものですから。」
男のマッサージは一瞬だった。
数箇所を抑えられると、筋肉が悲鳴をあげた。
眼の中が紫色に爆発した。
飛び上がって離れた私は、身体が軽くなっているのを知った。
「いつでもお出でなさい。でも早く私たちの治療を必要としないくらいに賢くなり
なさい。」
男はそう言ってまた、次の誰かを待っている。
*****
背中の方が騒がしい。
一人の男の周りを騎士見習たちが取り巻いている。
物品の売買をしているようだ。
正直な男らしく、値段に掛け値をしていない。
人だかりが消えると、男は私に声をかけてきた。
「どうだい、何か手に入ったかい。」
私は戦利品を見せた。
男は一つ一つ手に取って調べながら、
「ほう、こいつは貰おう。」
「これはだめだな。引き取れない。」
などと言いながら、手早く計算すると幾ばくかのアデナを握らせた。
「さて、お前さんは、欲しいものはあるかい?」
男は広い板切れの上に並べた商品を見せる。
「この赤い液体は、お前さんの体力を回復してくれる。痛いマッサージが好きなら勧め
ないが、携帯していると長く狩ができるから便利だぜ。」
「このランプはキャンドルより明るい。それに長く点いているから、それだけ森にいられるって訳だ。」
私は剣が欲しい、と言った。
男は私を値踏みするように見つめ、
「俺のショートソードはモノがいいから、高いんだ。売ってもいいが、今のお前さんじゃ
モンスターどもにロハでくれてやるのと大差ないからな。」
と言った。
「俺は親切だから、一時の金よりお得いさんが欲しいんだよ。もう少し、頑張ってきな。」
反発しようとした時、男の腕や顔の傷に無数の戦傷があるのに気が付いた。
この人もまた、勇者だったのだ。
男は私の視線に気がついて、腕の傷のひとつをそっと撫でた。
私は赤い液体(赤P)を少し買った。
*****
森を抜けていくと開けた場所に出た。
多くの騎士見習や、それよりたくさんのモンスターたちがうろついている。
オークがいた。
女性ウィザードに向かって突進していく。
夢中で駆け寄り、ダガーを振り上げた私に声が飛んだ。
「待って!」
当の女性ウィザードだった。
ウィザードは指先から光の矢を放つと、オークはもんどりうって倒れた。
呆然と眺めている私に、ウィザードは言った。
「ごめんね。でも私がFA取ってたから。」
「FAってなんです?」
私が尋ねると倒れたオークを探りながら、ウィザードは答えた。
「ファーストアタックって言ってね、モンスターとの交戦権を取ることよ。」
ウィザードは連れている犬の様子を調べながら続ける。
「他の人に向かっているモンスターを横取りする人は、シーフって呼ばれて嫌われるから
気をつけてね。」
「はい」
新たな敵を探しに向かいつつ、ウィザードはさらに教えてくれる。
「魔法や弓矢で倒したモンスターのアイテムを攫(さら)っちゃうのもシーフよ。シーフを続ける人は寂しい人生を送ることになるわ。」
「気をつけます。」
私の返事にウィザードは片手を上げて去っていった。
どの世界にもそれなりの秩序があるもんだ。
続く…