4.ゾンビ
翌日、遅くに目を覚ました。
すでに講義の時間を過ぎていた。
講堂前には案の定、呼び出し状が張り出されている。
「騎士見習ファルク 至急ゲラン師の事務室に出頭のこと」
はぁ(ため息)
何度目の呼び出しやら。
私は何かと出頭命令が多い。
家柄正しい仲間たちと違い、騎士作法など無縁だった私には、いちいちゲラン師の
チェックが入る。
行かないわけにもいかない。
恐る恐る事務室の扉をノックする。
「騎士見習ファルク、出頭しました。」
「入れ」
ゲラン師の副官Aの声だ。
執務机の向こうから、ゲラン師の眼が光る。
私のいでたちを一瞥する。
肩に弓を掛け、腰の剣が替わっている私に
「昨夜は盛況だったようだな。どうだった。」
妙に声がやさしい。
こんな時はろくな事がない。
「だいぶ怖い思いをしたろう。」
「はい」
「今朝の講義は、狩場でのマナーについてだった。お前は実践で学んできたはずだな。」
「何人もの方から、シーフだのなんだの教わりました。」
「死んだか?」
「いえ、どうにか。」
「なら、いい。明日は遅れるな。」
ゲラン師はもう眼を書類に落としている。
退出しかけた私に、副官Aの声が飛ぶ。
「森は教練場とは違うぞ。気合を入れろ、新米!教練場の12倍も気合を入れるんだ!」
新米!
彼はそう言った。
新米、それは騎士見習の卵からヒヨッコになったことを意味する隠語だ。
私は、彼らの末席にたどり着いたのだ。
「あぁ、そうだ。南の教練場のガードから頼まれたんだ。」
頬を染めて感動している私に、副官Bがニヤリと語りかける。
「教練場が汚れているらしい。掃除してくれる志願者が必要だそうだ。」
うぇ。
私には志願する以外に何が出来よう。
*****
南の教練場は、私がいつも行く北の教練場より広い。
西の狩場にも、南の荒れ地にも近い。
そしてモンスターたちが迷い込んでくることで有名だ。
私はガードに声を掛け、箒(ほうき)と雑巾を借りた。
広場の木っ端を掃き集め、木偶を磨いてゆく。
もう何人もの仲間たちが木偶を相手に各々工夫している。
掃除道具を返す。
日はもう、傾きかけている。
さて、と
身支度を整えている私に、仲間の一人が声を掛ける。
「一緒に叩きませんか?」
彼と彼の友人らしい一団が、一体の木偶を囲んで集団戦の練習をしている。
「ありがとう」
私も仲間に入る。
彼はDepth、と名乗った。
しばらく話しをしながら木偶を叩く。
彼は物知りだ。
彼のクランの先輩から聞いたことを、いろいろ教えてくれる。
上級者たちが、彼と彼の仲間を連れに来た。
私も木偶を離れた。
そこへ南の荒れ地から先輩らしい騎士見習が、あの黒いオークと戦いながら戻ってくる。
先輩騎士見習はすばやい動作で「マッサージ」を受けると、振り返りざま、黒いオークを
仕留めた。
「すごい!」
あちこちから感嘆の声があがる。
私は先輩騎士見習に尋ねる。
「緑のオークと黒いオークは、どう違うんです?」
「黒いオークじゃないよ。鎧が黒いんだ。あれは人間の血で塗り固めてあるんだ。」
人間の血!
恐る恐る、オークの鎧に触ってみる。
なるほど。
微かに粘りを感じる気がする。
その時、ガードの声が響く。
「さっきの新米!掃除の続きだ!そいつを片付けといてくれ。」
あぅ(;;)。
*****
西の狩場側から、どよめきが上がる。
悲鳴。
逃げ惑う。
騎士見習の一人がゾンビに追われながら、教練場に逃げ帰ってくる。
私達は駆けつける。
剣を振り上げたが、切り下ろせない。
ゾンビは私に眼もくれず、追ってきた【獲物】を襲いつづける。
あちこちから救援の矢が飛ぶ。
私も弓を引く。
何本もの矢が刺さる。
ゾンビは怯む様子もない。
意を決して、ショートソードで叩く。
手ごたえが、ない。
数人で取り囲んだが、剣戟がむなしい。
そこへ上級らしい女性ウィザードが駆けつける。
閃光が一発、二発・・・・。
やっとゾンビが動かなくなる。
教練場に安堵のため息が広がる。
追われていた見習騎士が、ガードに肩を借りて村へ戻っていく。
「HPが切れるとこだった・・。」
彼の顔が、引きつったままだ。
「お前、まだいたのか。ちょうどいい。そいつも頼むぜ、ミスター。」
ガードが私を見て、ニヤリと声を掛ける。
またか〜っ!
背中で誰かの声がする。
「そうか、敵の死体って、自分で片付けないでいいんだ。」
次へ…