5.チール

私は毎日、狩りに出た。
そしていろいろ学んだ。
オークは攻撃してくる直前、何をするか。
ゴブリンは、コボルトはどこに潜むか。
黒いオークはどこで待ち伏せしているか。
あのゾンビさえ、息継ぎの瞬間があることを知った。
私は獲物から得たアデナで装備を固めた。
ヒヨッコのジャケットをオーク並みの鎧にした。
もっとも、あの黒い鎧を着ることだけはごめんだが。
ある日、狩場でドワーフを見かけた。
私の胸に懐かしさが広がった。
思わず駆け寄った私に、そのドワーフは顔を向けた。
目つきが怪しい。
歯を剥き出しにする。
ドワーフ特有の雄叫びを上げる。
違う!
懐かしい老ガズムの声が蘇(よみがえ)る。
(・・ドワーフは、変わった・・)
目の前のドワーフは、私を獲物としか見ていない。
私は、逃げた。
逃げながら、馬鹿のように言い続けた。
「ガズムを知りませんか。ガズムを・・」
ドワーフの足は遅い。
私は逃げ切った。
涙が溢れて、止まらなかった。
懐かしいドワーフは、いまや敵なのだ。
私が狩るべき、敵なのだ。
頭では、理解した。
けれど実際にドワーフに刃を向け得たのは、ずっと後のことだった。

*****

上級者たちの多くは、犬を引き連れて狩をする。
犬は忠実で、攻撃力があり、荷を苦にしない。
飼い主は犬を大事にし、犬は飼い主によく従う。
時には飼い主の替わりに、モンスターを仕留めに向かってゆく。
気安い上級者に尋ねる。
「どうやってペットにしたんです?」
「ペットじゃないよ。こいつは相棒さ。」
上級者は答える。
「犬はね、その辺をうろついてる奴から、これはってのを見つけて捕まえるんだ。テイムって言うんだよ。」
「捕まえる?」
「あぁ。奴らは野生だからな。捕まえようとすれば手向かってくる。そいつを腕力で
どっちが強いか教え込むんだ。犬が迷い始めたら、肉をやる。肉を食べたら観念したって
ことだ。」
「どうやって迷っているか知るんです?」
「相手の眼を見るんだ。後は勘だな。無理しすぎて殺しちまうこともある。強すぎてこっちがやられることもある。もっとも強い犬でなけりゃ話にならないが。」
私は犬と戦いたくない、と言った。
「じゃあ、アデナを貯めて誰かから買うんだな。だが、高いぞ。それに終生の友を金でやり取りするのは、俺は好かんね。」
狩場に向かう彼に私は礼を言って離れる。
ふと思い出したように彼が言う。
「黒いドーベルマンは、普通の肉ではだめだぜ。あいつは特別の肉を好むんだ。」
「特別な肉、ですか?」
「あぁ、空中に浮いた目玉みたいなモンスターの肉がいるんだ。」
私はそんな奴を見たことがない。
「俺も見たことはない。遠くの森や砂漠にいるらしい。俺はその眼肉をクランの先輩に分けてもらったんだ。」
私は彼と彼の犬たちを見送った。
犬と戦えるか
犬と戦いたいか
いつまでも自問していた。

*****

日々が過ぎ、一日ごとに上級者が去っていく。
私と同期の仲間も、多くがクランマークをつけていた。
そして、どこからか犬を調達してくるようになった。
中には3匹目の犬を連れ帰って、小遣いを稼ぐ者もいる。
人気は「特別な」ドーベルマンだ。
しかし、私は犬を使わなかった。
やはり、どこかで吹っ切れない。
ゲラン師の講義中、こそこそと半角@をつけるものが増えた。
講義中、私語は厳禁だ。
本来なら半角@も外すよう、注意されている。
実情は携帯電話の電源OFF程度にしか、守られていない。
講義中、ピクッと身体を伸ばした者は、しばらくしてそのまま退席してゆく。
大抵は翌日、少し大人ぶって帰ってくるが、そのまま消えてしまう者も多い。
ゲラン師も副官たちも、不快そうではあるが、彼らを止めない。
実践で学べ
そういうことなのだ。


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