6.別離

私はシェパードに
チール
と、名づけた。
私の故郷で「甘えん坊」を意味する。
チールとの狩は楽しかった。
いつだって私の後ろを、隠れるようについて来るくせに
一旦、私がモンスターと切り結ぶと、私に荷担してくれる。
相手の背後から、真横から
吠え掛かり
噛み付く。
チールの一噛みで絶命する相手は少ないが、相手の気を逸らすことはできる。
集中力が途切れた相手は、たとえ強敵でも怖くない。
僅かな切っ先のブレが、生と死を分ける。
そして、境目をチールが広げてくれるのだ。
そのまま私たちは、狩場を周った。
その日、何頭めかの黒いオークに私の初撃が、当たった。
が、
一瞬早く、オークの肩に矢が刺さった。
黒いオークは向きを変え、茂みの中の上級者に向かっていく。
私は跳び下がって、剣を引いた。
しかし、チールは攻撃を止めない。
「こら、止めろ!」
私の静止を振り切る。
上級生の剣が黒いオークを倒しても、チールは歯を剥いたままだ。
「すいません。」
私は上級者に謝った。
「いいさ、気にするなよ。」
上級者が黒いオークを探ろうと、手を伸ばす。
チールが吼え、その手に噛み付く。
一瞬、場が凍りつく。
上級者の連れているドーベルマンが、チールに跳びかかる。
上級者が首に下げた銀色のパイプをくわえる。
すっと、ドーベルマンたちがチールから離れる。
私はチールを叱り、さらに詫びを重ねる。
強張(こわば)った顔つきで、上級者は傷の手当てをする。
「お前、犬笛を持ってないのか?」
私は今朝方、初めてチールを得たことを話す。
「こいつが犬笛さ。この音を聞くと、犬はおとなしくなって飼い主の所に
帰ってくるんだ。俺だからいいようなものの、高位の方にでも飛び掛ったら
偉いことになるぜ。早い内に買っといた方がいい。」
去り行こうとする上級者に、私はオークのアデナを差し出した。
「あなたのものです。」
「シーフになりたくない、ってとこか。」
上級者は笑って、受け取った。
「じゃ、半分はお前さんの分け前だ。」
私に幾枚かのアデナを返しながら言う。
「残りの半分は、頑張ったチールにやる。」
差し出した上級者の手を、チールが噛もうとする。
「怖い怖い(笑)」
慌てて手を引っ込め、ドーベルマンを引き連れて上級者は去っていく。
誉めてくれ
私の顔を誇らしげに眺めるチールの頭を
ポカン
と、ひとつ叩いてやった。

*****

午後遅く、私たちは村に戻る。
犬笛を手に入れる。
宿舎にチールを連れ込もうとする私に、管理人が怒鳴る。
「犬なんか、入れてはいかん!」
何としてもだめだ、と言う。
ここで、お別れか・・。
「元気でな、チール。」
最後に肉を与え、首輪を外そうとすると、
「よう、もうそいつを捨てちまうのかい?」
さっきの上級者が近づいてくる。
訳を話すと、あきれ顔で言う。
「犬はね、犬小屋に預けるんだよ。」
「犬小屋?」
「みんな、ケント城の城下町か、砂漠の中のウッドベック村まで預けに行くんだ。」
どうしてこの村には犬小屋がないんだろう。
「ああ、この渓谷は自力での戦闘を覚えることが原則だからね。団体戦の練習になるから犬を使うこと自体は黙認されているけど、さ。」
私はまだ、とてもそんな遠くまで行けない。
「シルバーナイト・タウン(SKT)のテレポーターに有料で運んでもらえるさ。まさか、
SKTに行ったことがない、とは言わないだろう?」
SKTは、最初にトワさんたちに合った街だし、その後も一度、盾を買いに行ったことがある。
私は上級者に礼を言って、チールと共に宿舎を後にした。



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