7.満月

その時、クランマークからファインダーさんの声が流れた。
なんと久しいことか。
「こばわー」
こんばんは、みんないるかい?
「ファインダーさん(;;)」
「よう、ファルク、頑張ってるかい。」
「犬が・・」
「犬がどうした?」
「私が倒されて、気がついたら犬がいなくなってて・・」
「どこで」
「ハイネの西です。」
「俺もハイネは知っているが、あそこはお前には無理だよ。なんであんな所へ
行ったんだい?」
「ケントの犬小屋に行ったら、帰り道がなくて・・」
「うん」
「歩いて帰る途中、蜘蛛に襲われて・・」
「・・」
「帰還スクロール使ったら、ハイネに着いちゃって・・」
「・・」
「帰れなく、なっちゃって・・」
止めどなく捲(まく)し立てる私を制して、
「ファルク、今どこだ。」
「SKTです。」
「いや、どれ位、上達した?」
私は、講義課程を修了していた。
渓谷の村では私より古参の者をあまり見かけなくなっていた。
「俺は渓谷を追い出されるまで、ウェアウルフを追っていたよ。」
「でも、チールが・・」
「現実を見ろ、ファルク。お前は急ぎすぎた。今、犬を探しに行ってもどうにも出来ない
だろう。」
その通りだ。
「犬小屋は俺のいる所にも、ある。ファルク、こっちへ来ないか?」
「ファインダーさん、今どこです?」
「語る島(TI)だよ。」
TI、忌まわしきケントよりも先。
遙かな島だ。
「行きたいんですが、とても無理・・」
「だから、渓谷を追い出されるぐらいまでは待てって。」
「はい。」
「渓谷を追い出されたら、SKTを飛ばしてこっちへ来い。」
「はい。」
「ケント→グルーティオ→TIだぞ。歩くなよ。」
「はい。」
「着いたら連絡してくれ。待ってる。」
通信は、切れた。
私は渓谷へ戻った。

*****

村の入り口でキャンドルとダガーを拾った。
頼りないこと、夥(おびただ)しい。

それでも素手よりましだ。
「おい、若いの。元気がないじゃないか。」
剃り頭が声を掛けてくれる。
私は、答えなかった。
わずかなアデナの残りで肉と赤い液体(赤P)を求める。
そのまま村を突き抜けて、森へ入って行く。
すでに陽が傾いている。
茂みの奥の空き地に、出た。
シェパードがこっちを見ている。
私はチールを思い出した。
「悪いが、付き合ってくれ。」
私は初めて、自分から犬に向かっていった。
チールとの短いつきあいで、犬の急所がわかる。
左手をフェイントに、右手で鼻先と顎を押さえて背に回る。
馬乗りになって、気がついた。
背中に怪我をしている。
刀傷だ。
私は馬乗りのまま、左手で赤Pを掴み出した。
傷口に注ぐ。
犬は突然の刺激に、暴れる。
私は構わず、犬が落ち着くまで押さえつけていた。
右手を犬の口から、離す。
肉を差し出す。
犬は、一口で飲み込んだ。
もう一個、くれ。
私は犬に肉を与えながら、空を見上げた。
満月が掛かっていた。
白鳥座がうっすらと光っている。
シェパードの額に菱形の白い斑があった。
白鳥座と同じ形だ。
わずかに、ゆがんでいる。
私は犬に
キグナス
と名付けた。

*****

その夜、東の森は異様にざわめいていた。
私はキグナスを連れて、藪を払い、進んだ。
ウェアウルフと鉢合わせした。
普段は人間の姿をした、オオカミ男。
私のダガーが走る。
キグナスがアシストする。
チールと違う。
攻撃点が的確だ。
一噛みでウェアウルフが悲鳴を上げる。
数瞬後、ウェアウルフは倒れていた。
いくらも進まない内に、またウェアウルフが立っている。
切り結ぶこと、数瞬。
疲労を癒す間もなく、次の一頭。
一端、村に帰る。
赤Pとショートソード、それにヘイストポーション(GP)を手に入れ、また東の森に戻る。
辺(あた)り中、ウェアウルフが、いる。
私たちは勇んで飛びかかっていく。
一頭、
また一頭、
そして一頭

際限なく現れるウェアウルフ。
騎士見習たちが夢中で狩って行く。
なにかが、変だ。
私を含めて、渓谷の村全部がウェアウルフであったとしてもこんなに大勢は、いない。
私の頭の中に、疑問符が溜まり始める。
私はチールのことだけを考える。
一頭、
また一頭、
そして一頭

幾度も村と東の森を往復する。
アデナが、そして疲労が溜まる。
信じられないことだが、まだ夜が明けてさえいない。
次の獲物、
と私が駆け出そうとしたとき、ガードが呼び止める。
「ファルク殿、ゲラン師がお呼びです。」
「はい。」
仕方がない。
私は森を離れようとして、足を止めた。
ファルク殿、だって?
私は振り返る。
顔見知りのガードが照れたように、言う。
「そうさ、もうお前はここではファルク殿なんだよ、若いの。」
さぁ、行こう、とガードが先に立つ。
私とキグナスは後に従った。




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