入室を許された私は、辺りを見渡した。
室内にはゲラン師と二人の副官の他、剃り頭と小売りの男、マッサージ師までいるのには
驚いた。
「君もいてくれ、ガーディアン」
ゲラン師が出ていこうとするガードに声を掛ける。
ガードは扉口に直立する。
「さて、騎士見習ファルク。お前にいくつか質問がある。」
なんだ、ゲラン師の個人面談か。
ゲラン師の問いは、講義を聴いていた者なら答えられる内容だ。
だが今回ばかりは、講義通りの答えは通用しなかった。
形通りの答えには、絶えず
「それから」
と続けさせられる。
とうとう、私は答えに詰まった。
「どうした、騎士見習ファルク。お前はなにを学んだ!」
私は堪らず、【狩り場でのルール】をもって答えた。
うむ
ゲラン師が次の質問を投げてくる。
延々と続く、拷問のような時間。
やっと、ゲラン師が私から目を離した。
ゲラン師の事務室に朝日が射し込んできた。
「ジョシュア君、どう思う?」
副官Aが答える。
「まぁ、今はこんなものではないですか。なぁ、ザムザ。」
あぁ、と副官Bが頷く。
「貴君らは、如何に思われます?ベルゲーター卿?」
ゲラン師の口調は高位の者たち同士の言い回しになっている。
「私には彼は真っ直ぐすぎる、と思われます。モンスターとの戦いにまで礼節は必要ない
のではないでしょうか?だが、騎士候補資格の欠陥条項に実直さはありません。」
支持します、と剃り頭は付け加える。
「もう少し、いろいろ頭を使う癖を付けるべきでしょう。」マッサージ師が言う。
「もっと回りを見て、引き時を知らねば生き残れません。生き残れなければ王道は支えられないでしょう。それでも学べる時間を彼が持っていることに期待しましょう。」
支持します、と言ってくれる。
「こいつの持ってくる物は、売り物にならない物ばかりだった。」小売りの男が言う。
「弓を使っていないんだな。力任せの突進は、いただけない。」
それでも、と男は続ける。
「この頃は少し、ましな物を持ってくるようになった。いいんじゃないかな。」
ゲラン師がガードに目をやる。
「忝(かたじけ)ない、フラウン卿。ガーディアン、君はどう思う。」
「私は反対です、師よ。」
室内に緊張が走る。
「こいつは獲物は人に譲っちまう。力もないくせにサポートに回ろうとする。他人を信じすぎる。そんな甘い考えのままでは、危険です。それに」
ガードはニヤリ、と笑う。
「こいつが行っちまったら、修練場の掃除はだれがするんです?」
室内に笑いが満ちた。
「悪いな、ガーディアン。ここは騎士見習いを育てるところなのだ。掃除夫は自分で見つけてくれ給え。」
私はゲレン師が笑うのを初めて見た。
「本来なら、私ももう少しここにいるべきだ、と思う。」
ゲラン師が言う。
「だが、お前の時は満ちたようだ。騎士見習ファルク。お前に伝えるべき言葉はもう残り少ない。」
私は身を固くした。
「この世で暴れ回っているものは、なんだ?」
「モンスターです。師よ。」
「違う!暴れ回っているのは、人間なのだ。お前は君主というクラスがある事を知っているな。」
「はい。」
「君主の他には?」
「エルフとウィザードと、騎士です。」
「そうだ、全ては君主のために存在する。」
ゲラン師は続ける。
「エルフは君主にとって、人間以外にも手を取り合える命が生きていることを、つまりは
多くの民衆が彼の目に触れずとも彼のそばにいることを、知らしめる存在なのだ。
「ウィザードは知識と力の使い方を表すためにいる。その不思議にして巨大な力を見せつけることで、君主の権力からでる一言が民衆に及ぼす影響の大きさを知らしめるのだ。
「モンスターでさえ、無用な力と力のぶつかり合いが、双方に傷を与えるだけなことを
知らしめることができるのだ。
「では、騎士はなにをするか。騎士は君主のために、自己の命と引き替えに考える時間を
与えるのだ。王道は逸れやすく、王徳は歪みやすい。騎士のまっすぐな視線を持って
君主の徳を支えよ、騎士見習ファルク。
「君主の考えと己のそれが食い違ったときこそ、考えよ。そして多くの人々のことを
考えよ。君主の言動が民のためを思っていないとき、自分の命を持ってさえ諫めてくれる者が君主のそばには常に必要なのだ。」
ゲラン師は息を継ぐ。
「この世界に多くのモンスターが際限なくいるのはなぜか?お前の眼で確かめて来い。」
私は放免された。
「また、お目に掛かります。師よ。」
「残念だが、お前は二度とこの渓谷には入れない。お前のための道は閉ざされたのだ。
この渓谷は最後の灯火(ともしび)なのだ。万一にでもお前たちが敵に寝返った場合、
未来を創るべきお前の後輩たちを儂たちは守らねばならんのだ。」
室内は静まり返っている。
私以外の誰もが、その意味を深く理解しているようだ。
「それでもお前はまだ、卒業ではないぞ。騎士見習ファルク。あと二つ、果たしてみせるべき試練が残っている。だがそれはまだ先の話だ。その時が来たら、また会おう。」
次へ…